夢 中 毒

(おしりを出しても一等賞には決してなれない。)

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ジャン負けさん


2012.4.21 鶏の屠殺を体験してきました。

好奇心の理由づけはまだうまくできないけど、「知りたい!」がエスカレートしていくうちに、あっという間にこんなところまで登ってきてしまったような、そんな感覚です。
「もう、わたしには生きてる鶏を絞めるしかない!」そう思ったのは、自力でできることはすべてし尽くした自負があったから。
魚や冷凍丸鶏は解体できるようになって、部位や生態についても興味のままに調べつくして、屠殺見学までして…もう残るはこのステップしかないなと。

そんなワタシに、絶好のキッカケを与えてくれたのは 畠山 千春さん
千春さんのパートナー 料理人の志田浩一さんや、鎌倉で飲食店を営む方々、鎌倉山ナワールガーデンさんの協力のもと、今回のWSが決行されました。
14人で二匹の鶏ちゃんを絞めて、捌いたのち、それぞれを料理し、頂きます。

卵肉兼用種のプリマスロックちゃん。

写真 1 (2)[1]

三年間、卵を産み続けてきたベテラン鶏です。


首をひねり、切断する工程を踏んだとき、自然と涙ぐんでしまったけど、哀憐や恐怖とはまったく別のスイッチで涙が出たような気がしました。
ただただ「有り難いな。」っと…こうして命が失われて、わたしの身体がつくられてきたんだという感謝の想いです。

切断した頭はまだ温かいのに、鶏冠の赤みはあっという間に消えていきました。


頭を手のひらに乗せて、まず湧いた感情は「愛しさ」だったように思います。
なんだかすごく不思議だけど、愛情のようなものを感じて、「ありがとう」ってナデナデしちゃった。

羽をむしり終わったころには、足も浮腫んでしまって、生き物ならではの“鋭利さ”みたいなものはあまり感じなくなってた。
むしろ、食材要素が強くなってきて、参加者の表情もすこし軽くなるころ。

写真 1[1]

足(モミジ)も美味しく頂くため、ウロコや爪をはがします。

写真 2[1]
写真 3[1]

ウロコとりに夢中になる男3人、すごく楽しそうです。

一方的にですが、参加者のなかでもこの3人は群を抜いて好きでした。
職種や経歴どころか年齢すら知りませんが、研究者タイプというか…なぜか昔から、童心と研究心を併せ持つひと癖もふた癖もありそうなニンゲンに惹かれてしまうワタシは、これまた強烈なクセ者なわけで…

コンプリート欲に共感しながら、愛らしい横顔と後ろ姿を見守りました。

写真 4[1]

ね、なんか可愛い…


その後、内臓を取り出します。

焼き鳥とポトフにして、みんなで美味しく頂きました。



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

「すごく疲れた、力が吸い取られたかんじがする。」
「身の丈に合った肉の量があるのでは。」
「自分で殺せない動物(豚や牛など四つ足動物など)を食べるのは不自然な行為ではないのか。」
「命を感じてから、多くの肉を欲しなくなった。」

WS後、参加者の方からはいろいろな意見がありました。
体験が屠殺だけに、みんな、肉を食べることに多かれ少なかれ否定的な感情を持ったみたいでした。

確かに、動物を絞めて、捌いて、料理をする工程には時間や体力はもちろん気力が相当必要で、心身ともにだいぶ疲れる。
だけど、人間がそこまでして食べ続けてきた動物には、それ以上に得られるパワーが、喜びが、豊かさがあって…やっぱり繋いでいかずにはいられなかったことなんだと。

そして、本来「肉を食べる」という行為は、私利私欲のためではなくあくまで集団の存続のためで、「限られた部位をいかに分け合うか。」みたいなところに意味があるんだと気付かされた。
というのも、解体や試食をしながら「もし、ここに親や子どもがいたら…」と考えていたから。
「栄養があるレバーはぜんぶ子どもたちに分け与えたい。」
「脂がのってて美味しいレッグは育ち盛りの子どもに、タンパク質が豊富なムネは旦那さんにがいいかも!」
そう考えるのはきっと自然なはずで…
「4人家族で、モモ肉の唐揚げだけ20個…とか、そんな都合のいいことできるわけないんだー!」と当たり前のことを実感。

あんな小さな鶏一匹を、大人7人で食べて十分だったのは意外だったし、“身の丈に合った量”というよりは、もっともっと単純に、食卓に並ぶ食材のバランスって栄養バランスうんぬんより準備工程のトータルバランスなんだと。

お腹を満たすって…!


だけど、勘違いされては困るのは、わたしは、昔も今もこれからもきっと変わらずお肉が大好きだし、お肉をお腹イッパイ食べたい日もあるということ。
だって、今までもずっと、肉や骨を「動物」として認識して、愛して、食してきたから。

幕の内弁当の塩鮭を見て、切り身から断面図,全体像,生態までを想像しながら食べる妄想ニンゲンはそうそういないだろけど、ワタシはそういう人間で…羊も豚も鳩も、いわゆる“原形”に齧りついては、喜んできた。
飼って調べて捌いて食べる…まさに さかなクン のような無条件の執着心がメリメリと渦を巻いて、わたしを突き動かしてきたから。

今回の体験もその延長線にできたひとつの点に過ぎなくて、『屠殺を、“命の大切さを知れた貴重な経験”として終わらすのは、あまりに虫が良すぎるし、創造力に欠ける。』そう思いました。



最後に

ずっと探して待ち望んで切望してたチャンスを与えてくれた主催者さんたちと、理解ある鎌倉山ナワールガーデンの皆さんと…
静岡からはるばるやってきた鶏ちゃんたちに、心からありがとうを贈ります。

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  1. 2012/04/22(日) 02:09:41|
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