夢 中 毒

(おしりを出しても一等賞には決してなれない。)

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あなたはきっと春イノシシの美味しさを知らない。


四月一日、東京都杉並区から島根県に移住した。

狩猟と、そのお肉に関する事業に携わるためだ。

私が移住した島根県の中央部は、低い山々が連なり、森林・竹林と水田・農耕地との距離がとても近い。

人も動物も、山と山の狭間で、そこに流れる川を囲んで生きているからだ。

中でも、イノシシは、植物の地下茎、果実、タケノコなどの食料が豊富で、水場が多い、山から平地にかけての緩やかな地形を好んで生息する。

だから、ここ、島根県邑智(おおち)郡は、イノシシが生きやすく、増えやすい地域として、人とイノシシが共存してきた歴史がある。

イノシシ肉というと、まず、どんな料理を思い浮かべるだろうか。

たいていの人が、牡丹鍋を思い浮かべるかもしれない。

脂身がたっぷりのスライス肉は、お皿に盛ると牡丹のように美しく、イノシシ特有の脂のうまみを贅沢に愉しむことができる。

また、牡丹鍋に使われることが多いロースという部位は、肉質が柔らかく、キメも細かいので、最も扱いやすく、美味しい(食べやすい)と言われている。

さらに、牡丹鍋に使われるようなイノシシは、越冬に備えてまるまる肥えた晩秋のイノシシだ。

晩秋に獲れた未経産(まだ出産を経験していない)の雌イノシシは、一頭ウン十万円の高値で取引されることもあるという。

このように、牡丹鍋は、イノシシ料理の確固たる地位を築いてきた。

しかし、秋イノシシが牡丹鍋で周知されている一方で、春イノシシの魅力は、あまり知られていない。

鮎やカツオと同じように、イノシシも、春と秋では異なる美味しさがあり、四季を愉しませてくれる自然の恵なのだ。

例えば、春イノシシのバラ肉は、ぐるぐる巻いてからたこ紐で縛り、焼き目をつけたら、醤油ベースのタレで煮込む。

すると、控えめな脂身と赤身の層が綺麗なバラロールチャーシューになる。

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モモ肉やヒレ肉などの脂が少なくパサつきやすい部位は、味噌や、オリーブオイル・ハーブに漬け込んでから低温でじっくり火を通すと、しっとりと柔らかく、イノシシの赤身の旨味を十分に愉しめるのだ。

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また、豚がそうであるように、脂が少なく、スジがある部位でも、調理・加工次第で、それはそれは美味しい逸品になる。

私も、春イノシシの美味しさを知るまでは、イノシシは冬だけの味覚だと思っていた。

イノシシの脂は身体を暖めるので、冬、猟で芯から冷えきった身体は、熱燗や焼酎のお湯割りとイノシシの脂身で、ぽかぽかに暖まる。

それが、狩猟の醍醐味だったし、最高の愉しみだった。

だけど、春イノシシは冷えたビールによく合う。

ロゼワインや軽めの赤ワインを、冷やして合わせても美味しい。

春イノシシは、狩猟の新しい愉しみ方を教えてくれた。

ここ、邑智郡美郷町(旧邑智町)では、脂たっぷりの秋イノシシはもちろん、春から秋にかけて獲れる脂の少ないイノシシを普及させる取り組みを、十年以上続けてきた。

なぜなら、繁殖力が非常に強いイノシシは、狩猟や、越冬失敗などによる淘汰がなければ、適正頭数を簡単に上回り、人間とイノシシの共存バランスを崩してしまうからだ。

そして、春イノシシが出回りにくい要因を、徹底的に解決してきた。

春から秋にかけては気温が高いので、山で獲れたイノシシが処理施設に運搬されるまでに肉や内臓が痛んでしまう。

しかし、捕獲方法を銃猟から罠猟に変えたことで、生きたままのイノシシを処理施設に運搬できるようになった。

屠殺から解体までを施設内でいっきに行うことで、肉だけでなく、内臓や皮につける傷を最低限に抑えることができ、血や内臓をフレンチレストランで使用したり、皮を革製品に加工することも可能になった。

しかし、キャッチーさや規格内商品が求められやすい食品業界で、春イノシシを継続的に販売・加工していくのは簡単なことではない。

それでも、地域住民が続けてきた十年間の取り組みを土台とすれば、春イノシシの、美味しさだけではない魅力を、もっと広めていけるだろうと考えている。

ここには、野生鳥獣を仕留める技術だけでなく、自然を理解し、共存する文化が残っている。

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  1. 2014/06/02(月) 19:36:02|
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命を区切って分担するからお肉が食べられる。


わたしが獲って食べた野生動物にも、生まれて育った過程がある。

だけど、その動物の生まれたばかりの姿を、わたしは知らない。

「お肉を食べるからには、命を落とす行程も知るべきだ。」

だったら、その命が生まれる瞬間も知るべきではないのか…そんな葛藤が生まれていたときのことだ。

島根県 隠岐島の海士町(町がつくけど離島)に遊びに行ってきた。

隠岐島では、隠岐牛という和牛が有名で、海士町でもいたるところで牛が放牧されていた。

荷台に牧草を積んだ軽トラをヒッチハイクして、半ば強引に放牧地と牛舎に連れて行ってもらう。

わたしを拾ってくれたのは、もともとは酪農家になるのが夢だったという36歳の男性。

大阪から海士町に移住してきて8年、最初は二匹の母牛を買うことから始まった牛飼い生活だという。

角も小さく、まだまだあどけない顔をした牛たちは、牧草ロール(冬なので放牧地の牧草だけでは足りない)の薫りに誘われて、のしのしと山を登ってくる。

隠岐牛

隠岐牛が見れたと大喜びな私だったけど、実はどの牛も隠岐牛ではないことを知る。

私が見ていたのは、繁殖農家さんが飼育している和牛で、母牛と子牛のみ。母牛は一年に一頭ペースで出産し、子牛は一歳になる前に競りに出される。

繁殖農家さんの仕事は、母牛が一年サイクルで妊娠・出産する環境を整えることと、健康な内臓と骨格をもつ子牛を育てること。

そのためには、競りに出す子牛だけでなく、母牛の健康状態をキープし続けることが大切で、自然の中でのびのびとさせつつ、個体に合わせた種付けも行わなければならない。

繁殖農家さんの牛は、各地の肥育農家さんに競り落されて、そこから育てられた(太らされた)のちに、生きたまま出荷される。

屠殺されるのは出荷先であることがほとんどで、肥育農家さんも屠殺に関わることはほとんどない。

一匹の牛が、生まれて、育って、肉になるまでを、区切って、役割分担する。

生産者は、その子がいつか肉になり、食べられることをわかっていながら、ひとつひとつの命と向き合わなければならない。

わたしが話したどの牧場経営者も、自分が育てた動物を屠殺場へ送り出すときは、どうしようもない罪悪感に襲われ、涙が出るという。

決して長くはない生涯だからこそ、自分の牧場にいる間は少しでも幸せでいてほしいと、毎日神棚に手を合わせるのだと話してくれたのは、埼玉のダチョウ牧場長さんだった。

なぜ分担するのか。

そこには、命を区切らなければ乗り越えられない葛藤があるからかもしれない。

私たちが、生産工程を知らずにお肉を食べられるのは、「区切る」という配慮があるからだ。

その配慮を、大切にしていくことも、食肉文化を繋ぐためには必要だと思う。

知らないことは時に罪だけど、すべてを知れる気になるのもまた、人間のエゴにすぎないのだから。

  1. 2014/03/11(火) 21:23:31|
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友人が、可愛がっていた烏骨鶏を食べた。


先日、わたしの友人が、飼っていた烏骨鶏を絞めて、食べたと聞いた。

ただ育てていた烏骨鶏ではない。

名前をつけて、部屋の中で肩や頭に乗せて、一緒に新聞を読んだり、毎日のように写真や動画を撮って、可愛がっていた烏骨鶏だ。

わたしはショックを受けた。

狩猟をしていると、野生動物への様々な感情と出会う。

猟師さんたちは、自分が生きてきた山で生きている動物たちを、戦友のように扱うことがある。

動物たちに畑を荒らされる農家さんや駆除目的で猟をする人たちは、憎さや怒りをエネルギーにして、動物たちと闘っている。

それぞれが、生きてきた環境の中で、自然と湧き出た感情だろう。

その一方で、私は、どうだろう。

動物たちの可愛さにドキドキしたり、神聖さに息が苦しくなることもあれば、時に恐ろしくてたまらなくなることもある。

死ぬことに怯えた動物の凶暴さは時に残酷で、可愛さとは程遠い。

私には、直接的な被害も、共に生かされ生かしてきた感覚もなく、ただぼんやりと自然や動物への畏怖の念があるだけだ。

死んだばかりの動物は、体温や身体の柔軟性を保ったまま、だらんとした意志のないカタマリになる。

お腹の中には、まだ血を含んだ温かい心臓があって、胃の中には細かくなったドングリや葉っぱがある。

数時間後には排出されるはずだった消化物も、長くて太い腸をパンパンにしている。

でも、もうなにひとつ機能していない。

解体していくと、動物たちが生きてきた時間を少しだけ共有することができる。

先日獲れたイノシシは片目が白濁していて、失明しているみたいだったし、横腹には大きな傷の痕があった。

昨年末に獲れた鹿には、肋骨に不自然に太く変形した部分があって、猟師さん曰く、骨折した痕らしかった。

そんな厳しい自然の中で生き延びてきた動物たちが、致命傷を負う瞬間の呆気なさを目の当たりにすると、自分という生き物の無力さを痛感せずにはいられない。

無力な動物たちは、生きるパワーと生かされるパワーの狭間にのみ、存在していけるのかもしれない。

友人の烏骨鶏は、生きていたのだろうか。生かされていたのだろうか。それとも、生かしていたのだろうか。

  1. 2014/02/21(金) 19:12:35|
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母は、私が狩猟を始めることに反対だった。


母は、私が狩猟を始めることに反対だった。

「スーパーに行けば肉が買えるのに、どうして生きているものをわざわざ殺す必要があるの?可哀想じゃないの?」と言った。

さらに、「お肉には、部落差別とか根深い問題がいっぱいあって、いろんな思想や信仰のひとがいる。あなたが考える以上に複雑でデリケートな世界なのよ。」と、説得した。


たしかにそうだ。わざわざこんなこと、しなくていいし見なくてもいい。経験して自慢できることでもないし、公言するべきことでも本来ない。

実際、私が信頼する猟師さんたちは、銃や血は、決して他人に見せびらかすものではないことを教えてくれた。

スーパーに並んでいるお肉や、大量に廃棄される食品をスルーして、わざわざ新たに動物の命を奪うという行為には、「ナチュラルライフ」とか「命をいただく」とか、そんな理屈を並べたくらいじゃ収まらない、もっと深刻な感情が伴う。


私は以前、一日三度の食事を、すべてコンビニで済ませていた。

そんな食生活をしない自信があったし、学生時代はコンビニ食を好む人を愚かだと思っていた。だけど、実際に会社員として劣悪な環境で働いてみると、コンビニ食に頼らずには生きていけない毎日だった。

お腹は減っているのに食べたいものがない。だけど商品のパッケージを眺めているうちに全部が食べたいものに思える。悩めば悩むほどなんでもいい気がして、いろいろ買い込んだのに、食べてみるとどれも買ってまで食べるものではなかったよう気がする。

結局よくわからないものをたくさん食べて、飽きたところで残りは捨てる。そんなことを繰り返す毎日だった。


私は、忙しさや疲れに勝てない人間だった。

「消費こそが生産者への清き(悪しき)一票」 そう、信じていたのに、その信念を貫けなかった。

だからこそ今の私には、「消費する」ことよりもむしろ、「消費しない」ことに意味があるように思える。

だけど、食肉そのものをひとくくりに否定するのは違う。

清き一票を投じたい生産者が見出せない、または支持したい商品がとても高価で手の届かないものだったとき、消費そのものを諦めなければならないなんて、私はいやだ。

お肉は美味しいし、食肉は人間が紡いできた大切な文化だ。狩猟もその中の大切な文化で、大量生産されたお肉を消費せずに、お肉を楽しむための手段であり、権利でもある。

きっと、最近の解体ワークショップやそれに付随するパフォーマンスのような発信の仕方も、その「権利」を伝えたいんだろう。
でも、現場を見ることは「義務」ではないはず。


このあいだ、狩猟から帰ると、母が、「おつかれさま。今日はなんか獲れた?」と言ってくれた。

今までは嫌がって、食べてくれなかった狩猟肉も、猪のトマト煮込みを作ると「優しい味がするんだね。」と、食べてくれた。


身近なところから、伝わりそうなことから。

  1. 2014/02/12(水) 14:21:54|
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狩りガールブームにおもうこと。


わたしにとっての、二度目の猟期がやってきた。


最近、狩猟の話をちょこっとすると「え、狩りガールなんですか!?バーンとか?撃てるの!?」と、言われることが多くなってきた。

「おー!狩りガールめっちゃ浸透してますよ!石崎さんすげーい!」と、石崎さんには敬意を払いつつ、実はとっても複雑なきもち。


狩猟=銃になりがちだけど、狩猟免許には大きくわけて『銃』『網』『罠』と3種類(ちゃんと分けると銃も火薬を使うかどうかで2つに分類されるので計4種類)あって、わたしは『罠』と『網』の免許しか持っていないのです。
そして、銃の狩猟免許を持っていたとしても、銃の所持許可を取るためにはそれはそれは気が遠くなるような複雑で面倒な手続きが待っていて、所持許可がおりるには1年かかることも少なくありません。
しかも、家族や上司や隣人に警察から電話がいったり、家の様子を見に来られたり報告させられたり…山登りを始めるように簡単にはいかないのです。

しかし、ラッキーなことに狩猟免許をとること自体はそんなに難しいことではありません。
車の免許みたいな…筆記と実技のテストをふつうにこなせば、誰でもそれなりに取得できます。ただ、狩猟ブームにのっかって狩猟免許を取得したとしても、東京都民のわたしたちには大きな壁が立ちはだかっているのです。

それは、猟場問題。
どのタイプの狩猟免許を取得したにしろ、猟場がなければもちろん狩るどころかアクションすら起こせないのです。

わたしは、狩猟免許をとった1年前の冬、狩猟をするには「体力」「仲間」「猟場」この3つが欠かせないことを学びました。
そして、逆に言えば、その3つさえ揃っていれば、東京都在住のわたしでも猟ができるかもしれないと、ときめきもしました。

そこで、はず最初に始めたのはハンターをハントすること。そう、「仲間」を見つけることです。


銃猟の方法にはいくつか種類がありますが、山が多い本州でポピュラーなのは「巻狩り」とい方法。

<巻狩りを簡単に説明すると…>

獲物の寝床(前日や当日の朝に山を見回りして、獣道や足跡などをたよりに獲物が山のどのあたりにいるかをチェックしておきます!)を囲むように射手を配置…射手はひたすら待つ。
勢子と犬が獲物を追い、寝床の外側(射手の方)まで獲物を逃げさせて、射手が仕留める…という方法です!

ある日の巻狩りフォーメーション in 檜原村

スキャン 2

射手がいるポイント
猟犬を離すポイント
基地・集合ポイント
※ 点線はわたしが移動した道筋

つまり、巻狩りにはチームプレーがとっても大切で、山の地形や獲物の習性などを理解していないと、なにもできないどころかただの邪魔者になります。(ちなみにわたしはまだ邪魔者のレベル…だって地形を意識しながら山を歩くだけで一苦労なんだってば。)


ハンターをハントすべく、友人の知り合い、知り合いの親戚、知り合いの知り合いの知り合い…なんて風に、新潟・山梨・長野・奥多摩…たくさんの猟師さんに出会うことに成功しました。
しかし、猟師さんの中には「女を山に連れていくもんではない。」と言う方もいます。
最初はわたしも「狩猟は男の世界だ!」っと言われているようでショックでしたが、よくよく聞いてみるとそれだけではないようで…

1)ノーメイクノーシャンプー!
シャンプーや化粧の匂いは獲物を逃がすどころか、猟犬の鼻を効かなくさせてしまうことも。
果敢で頼もしく賢い猟犬は、猟にはなくてはならない存在…だからこそ、シビアにもなってしまうのです。

2)ハードワイルドデンジャラス!
崖のような急斜面を歩くのは、ベテラン猟師さんでもとっても気を遣います。
そんな山道を、重い荷物を持って、獲物に注意しながら、仲間や猟犬と連携をとりつつ「静かに」移動しなければなりません。
ナイフや銃を扱うことはもちろん、身の危険を感じた獲物はとても危険で、猟犬に怪我を負わすことも少なくないのです。
しかも、獲物が獲れたらとれたで、60〜100キロ以上もある獲物を山から下ろさなければならないのです。

狩猟の楽しさを知っているベテラン猟師さんは、山や野生動物の怖さも知り尽くしているのです。そのことを知ってから「山に女なんて連れていけるか!」っという言葉も「あんな危険な場所に女の子なんか連れていけないよ!なにかあったらどうするんだ!」と、優しい言葉に聞こえるようになりました。

そこで、わたしには山に入る上で決めていることがあります。

1)化粧をせず、お風呂(特にシャンプー)は8時間前に済ませる。
2)初心者は初心者らしく行動し、勝手な行動はゼッタイにしない!
3)「重たい」「疲れた」など弱音は禁句!どんなときも笑顔を絶やさず、真摯に行動する。
4)しかし女は女…できないことは「できない」とハッキリ伝えて助けを求める。

それと、もうひとつ。イチバン大切なこと。
★)どんなことが楽しくて、どんな風にワクワクしたかをキチンと伝えて、感謝する。

50〜75歳ほどのベテラン猟師さんたちにとって、狩猟はもはや日常。
そんな日常にひょっこり飛び込んできた都会育ちの小娘(しかも変わり者)が考えてることなんて、まったくの未知だと思うから。未知こそが不安のはじまりだから。
だから、「こんなことしてみたい!」「あんなモノ食べたい!」「おいしい!」「たのしい!」ってシッカリすぎるくらい伝える。そして、わたしなりの表現でいいから、ちゃんと感謝する。

感謝は「ありがとう」の言葉だけじゃ足りなくて、「お中元」になったり「絵ハガキ」になったりする。
お中元には「冬はありがとう!夏だけど、みんなのことちゃんと覚えてるよー!次の冬もよろしくねー!」って想いがつまってる。絵はがきには「感想」をカタチにする大切な役目がある。


そうやってイロイロしながらここまできたけど、ベテラン猟師さんから言わせれば、まだまだ「体験入学」レベル…「狩りをする」という表現すら身の丈に合っていない気がするし、「狩りガール」なんてキャッチーさともほど遠い。

だって、息をのむような残酷な場面に遭遇したり、崖から滑り落ちて内心死ぬかと思ったり、持ち帰った狩猟肉に家族から批判を浴びたり…都心実家暮らしのハンター見習いには山あり谷ありなのです。


最近の狩猟ブーム。

火付け役の方にお世話になって今のわたしがある。
猟師さんの高齢化を目の当たりにして、この素晴らしい文化や情熱を絶やさないために、若いヒトにもっと参入してほしいって気持ちが今まで以上に強くなってきた。
有害鳥獣駆除のことを考えても、若者の参加はやっぱり必要不可欠だとおもう。

だけどね、たくさんのヒトの理解と、動物の命をいただくことで成り立っている文化なんだってこと、忘れないでほしい。

わたしが仲間に入れてもらってる桧原村の猟師さんたちは、どんな険しい山の谷底に獲物が落ちようと、何時間もかけて山から引きずり出して、何時間もかけて解体して、肉はもちろん内臓まできれいに処理をして、食べる。
獲物の心臓の先はほんの少し切り取って、十字に切り込みを入れて木の枝に刺し、山の神様にお供えする。
毎回行われる宴(獲れなかったときは反省会)では、神棚に日本酒をお供えして、解散のときにはそのお酒を「お下がり」としてみんなで一口ずつ口をつけて、感謝と供養をする。


わたしがまだ銃の免許取得に踏み切っていないのは、都心に住んでいるからこそ慎重にならなければならない一線があると思っているから。
見知らぬ小娘が銃を持って山をウロウロすることに、里山のひとたちはどう思うだろう?
まずは、猟場での信頼関係を気付くこと。山や野生動物を知ること。自然の厳しさに慣れること。

これが、わたしにとって必要なステップ。


檜原村の猟師さんたちは、「若い猟師がひとりでも増えれば…」それだけの想いで、よそ者のわたしたちを日常的に暖かく迎えてくれる。
そんな猟友会、わたしは今まで見たことがなかったし、きっと少ない。

だからこそ、そんなご厚意をムダにしないためにも、きちんと理解してほしい。
マナーや決まり、自然の厳しさを理解した上で狩猟をはじめてほしい。


猟師を増やすために奮闘してるひとたちがいる。
だからわたしは、「狩猟」「狩猟肉」を正しく理解してもらうための何かをしていきたいです。

イノシシ のコピー

2014.1.13 イノシシ ♂


猟期が終わったら、狩猟肉をつかったスペシャルパーティーがしたい。

部位によっていろんな調理法を試して、大好きなワインも料理に合わせてチョイスして、集まった友人に今期の学びをシェアする場をもうけたい。


そして、ひとりでも多くのヒトが、狩猟や狩猟肉を正しく理解して、それぞれの自由な感想を大切にしてくれることを祈っているのです。

  1. 2014/01/15(水) 02:55:52|
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なにを隠そう会社を辞めました。


なにを隠そう会社を辞めました。

「え、はや!」って声があちこちから聞こえてきそうですが、応援してくださっていた方々には、一年足らずでこのような決断をしたこと、大変申し訳なく思っております。


善悪を判断しようと潜入したつもりが、当事者となって内側から見えるものに、カンタンに批判できるものなんてなにひとつありませんでした。

こうやって社会が成り立っていて、みんなが必死で生きていて、わたしはその中のカケラでしかないんだと思い知りました。

正義も悪もなくて、みんながみんな、それぞれがおもう最善を模索して生きています。
その積み重ねの結果が今日であり、これからなんだと信じることができました。

でもだからこそ、わたしも自分がおもう最善を信じて猛進していきたいと思います。


なんの役にも立てませんでしたが、入社させてもらえてよかったです。

前職でお世話になった方々には、いつか「なるほどな。」と思って頂けるよう頑張りますので、これからもよろしくお願い致します。


今までかき集めてきた小さなポロポロ(興味や経験)が少しずつまとまって「やりたいこと」になって、それがだんだん「やれそうなこと」としてカタチになってきている気がします。

しかし、知識も経験も人脈もなにもかもが足りない中途半端な状況です。


わたしが飛びつきそうな美味しい話,ワイルドでセクシーなワクワク情報ございましたら、なんでもどしどしお声掛けくださいませ。

長濱史上最軽のフットワークで臨みます!笑



しばらく、やりたいことと、やらせてもらえることを、可能な限り同時進行していきたいと思っています!

メリハリつけてがんばります!おー!


みなさん、こんな風来坊ではございますが、これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。ぺこり

  1. 2013/12/12(木) 13:15:13|
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私はずっと、コンビニは必要悪だとおもってた。


5日前、会社を辞める決意をした。

入社して半年弱。「もう少し」「あと少し」はもうやめた。


私はずっと、コンビニは必要悪だとおもってた。

入社するまで、冷凍食品はもちろん、コンビニのごはんを食べることもなんてほとんどなかった。
食べたいと思うことも、食べる必要性を感じることもなかった。


わたしの人生では「おいしい!」が最重要項目だった。

空間デザイナーの食い道楽な父に連れられて、今思えば、幼い頃から相当な贅沢をしてきた。
ワインに興味を持ってからは、美味しいワイン・美味しい料理の味と知識を吸収できる場を自ら選んできたし、さらなる興味と感動を求め続けてきた。
今でも、歳相応・収入相応ではない贅沢な食生活をしている自覚がある。

「おいしい!」の幸福感は、どんなときでもわたしを包んで、たくさんの出会いに誘導してくれたから。


多くのひとが、こんなに愛しい食べものたちに気付けないのは、コンビニのせいだと心の底でおもってた。
この「ハッ!」とする生物の鮮明さと感動を、子どもたちが感じにくくなってしまったのは、コンビニという必要悪が、食文化を通り越して生活スタイルに与えた影響のせいだと。

コンビニで食事を済ませるヒトは、仕方なく、腹を満たすための手段として、コンビニ食を選ばざるおえない状況にあるのだと信じていたし、もしくは、限られた選択肢の中で、食べものに対する感覚が麻痺してしまっているんだと疑わなかった。

だからこそ、そんな「不幸せな」人たちに「幸せ」を与えるために、敵を知ることこそが近道と、自ら入社を望んだわけだけど。
そんな考えはわたしのエゴだったようにおもう。


工場見学で、ベルトコンベアで焼かれる大量の「肉切れ」を見たとき、正直わたしは「こんなの食べ物じゃない」とおもった。
だけど、ある同期は「あんなの見ちゃったから腹が減った」と言った。

わたしは動物を絞めるとき、目的(食)と結果(死)が重なり合った瞬間に、「動物」が「食べもの」に見える。食欲が沸く。
一方で母は、レストランでメイン料理として出てきた鳩でさえ、具体的な部位(手羽先や毛穴など)で生きた姿を想像できてしまった瞬間に、「食べもの」が「動物」に見えて食欲が失せてしまう。


「食べられるもの」と「食べもの」が切り替わるタイミングは、人それぞれだ。
その相違に、優劣も善悪も存在しないし、してはいけない。
なのに、わたしはその相違を、完全に区別をていたし、そんなひとたちを「鈍い」と、心のどこかで哀れに感じていた。



仕事帰り、コンビニで買うデザートはプチ贅沢かもしれない。
コンビニ惣菜をあてにひとりで呑むビールは、一日の仕事の疲れを忘れる至福の時間かもしれない。

もしも、何か他のことをしながら、流れ作業のようにコンビニ食を食べていたとしても、ゲームや服、ボールや仕事の前では、わたしが美味しいごはんを目の前にしたときと同じように、ワクワクやキラキラを放っているかもしれない。
そこにはなんの格差もない。

わたしが「おいしい!」を最優先するためになにかを後回しにするのと同じように、人には人の優先順位があって、それは人生のタイミングで変わりゆくもので、なにかを優先させるための手助けをコンビニが担っているのだとしたら、コンビニは必要悪ではなく、純粋な社会インフラではないのか。
食事に対するマナーや感謝の欠如は、まさに鶏が先か卵が先かの水掛け論なのではないのか。

いろんな価値観を理解するつもりで入社を選んだけど、そもそもその根底には自分を中心とした価値観があって、相違を受け入れられずに穿った見方をしていた事実を、まず認めよう。



ただ、ひとつだけ変わらないこと・変われないことがある。

それは、わたしという個人が、今の会社(コンビニ)に魅力を感じないということ。


半年も一生懸命に向き合えば、コンビニ業界の魅力とやらが分からないなりに見えてくると思ってた。
だけど、見えてきたのは上記の反省と、気付きだけだった。

いつの間にか弟妹のように見える高校生スタッフが、できるだけコンビニで食事をしないようにと心で願ってしまうこと。
毎日何度もコンビニに来ては、パスタやお弁当を買って行く小学生を見るたびに、言葉では表現しきれない空しさと情けなさに、心が侵食されてしまうこと。
コンビニで取り扱う各季節のギフトを、お世話になった方や肉親に贈ったり、友人にお勧めする気には、どうしてもどうしてもなれないこと。

それは、工場の製造工程や流通、商品自体に問題や悪影響を感じているからだけでなく、もっと感情的な理屈ではないなにかがどうしてもそう思わせること。



ああ、わたしはここにいるべきではない。

こんな風に、自分の感情や価値観を断ち切れないまま、心のどこかでお客様に哀れみを感じながらこの業界に携わるのは、消費者だけじゃなく、会社に関わるすべてのヒトに失礼極まりないと思った。

そして、わたし自身の発展のためにも、こんな「苦痛」を抱えたまま、時間や労働をお金に替えるのは違うと、そうハッキリ確信・決意したのが5日前。
上司に「あなた、目が死んでいるよ」と言われたあの日でした。


  1. 2013/11/03(日) 01:13:43|
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