夢 中 毒

(おしりを出しても一等賞には決してなれない。)

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  1. 2014/06/05(木) 17:34:25|
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あなたはきっと春イノシシの美味しさを知らない。


四月一日、東京都杉並区から島根県に移住した。

狩猟と、そのお肉に関する事業に携わるためだ。

私が移住した島根県の中央部は、低い山々が連なり、森林・竹林と水田・農耕地との距離がとても近い。

人も動物も、山と山の狭間で、そこに流れる川を囲んで生きているからだ。

中でも、イノシシは、植物の地下茎、果実、タケノコなどの食料が豊富で、水場が多い、山から平地にかけての緩やかな地形を好んで生息する。

だから、ここ、島根県邑智(おおち)郡は、イノシシが生きやすく、増えやすい地域として、人とイノシシが共存してきた歴史がある。

イノシシ肉というと、まず、どんな料理を思い浮かべるだろうか。

たいていの人が、牡丹鍋を思い浮かべるかもしれない。

脂身がたっぷりのスライス肉は、お皿に盛ると牡丹のように美しく、イノシシ特有の脂のうまみを贅沢に愉しむことができる。

また、牡丹鍋に使われることが多いロースという部位は、肉質が柔らかく、キメも細かいので、最も扱いやすく、美味しい(食べやすい)と言われている。

さらに、牡丹鍋に使われるようなイノシシは、越冬に備えてまるまる肥えた晩秋のイノシシだ。

晩秋に獲れた未経産(まだ出産を経験していない)の雌イノシシは、一頭ウン十万円の高値で取引されることもあるという。

このように、牡丹鍋は、イノシシ料理の確固たる地位を築いてきた。

しかし、秋イノシシが牡丹鍋で周知されている一方で、春イノシシの魅力は、あまり知られていない。

鮎やカツオと同じように、イノシシも、春と秋では異なる美味しさがあり、四季を愉しませてくれる自然の恵なのだ。

例えば、春イノシシのバラ肉は、ぐるぐる巻いてからたこ紐で縛り、焼き目をつけたら、醤油ベースのタレで煮込む。

すると、控えめな脂身と赤身の層が綺麗なバラロールチャーシューになる。

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モモ肉やヒレ肉などの脂が少なくパサつきやすい部位は、味噌や、オリーブオイル・ハーブに漬け込んでから低温でじっくり火を通すと、しっとりと柔らかく、イノシシの赤身の旨味を十分に愉しめるのだ。

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また、豚がそうであるように、脂が少なく、スジがある部位でも、調理・加工次第で、それはそれは美味しい逸品になる。

私も、春イノシシの美味しさを知るまでは、イノシシは冬だけの味覚だと思っていた。

イノシシの脂は身体を暖めるので、冬、猟で芯から冷えきった身体は、熱燗や焼酎のお湯割りとイノシシの脂身で、ぽかぽかに暖まる。

それが、狩猟の醍醐味だったし、最高の愉しみだった。

だけど、春イノシシは冷えたビールによく合う。

ロゼワインや軽めの赤ワインを、冷やして合わせても美味しい。

春イノシシは、狩猟の新しい愉しみ方を教えてくれた。

ここ、邑智郡美郷町(旧邑智町)では、脂たっぷりの秋イノシシはもちろん、春から秋にかけて獲れる脂の少ないイノシシを普及させる取り組みを、十年以上続けてきた。

なぜなら、繁殖力が非常に強いイノシシは、狩猟や、越冬失敗などによる淘汰がなければ、適正頭数を簡単に上回り、人間とイノシシの共存バランスを崩してしまうからだ。

そして、春イノシシが出回りにくい要因を、徹底的に解決してきた。

春から秋にかけては気温が高いので、山で獲れたイノシシが処理施設に運搬されるまでに肉や内臓が痛んでしまう。

しかし、捕獲方法を銃猟から罠猟に変えたことで、生きたままのイノシシを処理施設に運搬できるようになった。

屠殺から解体までを施設内でいっきに行うことで、肉だけでなく、内臓や皮につける傷を最低限に抑えることができ、血や内臓をフレンチレストランで使用したり、皮を革製品に加工することも可能になった。

しかし、キャッチーさや規格内商品が求められやすい食品業界で、春イノシシを継続的に販売・加工していくのは簡単なことではない。

それでも、地域住民が続けてきた十年間の取り組みを土台とすれば、春イノシシの、美味しさだけではない魅力を、もっと広めていけるだろうと考えている。

ここには、野生鳥獣を仕留める技術だけでなく、自然を理解し、共存する文化が残っている。

  1. 2014/06/02(月) 19:36:02|
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命を区切って分担するからお肉が食べられる。


わたしが獲って食べた野生動物にも、生まれて育った過程がある。

だけど、その動物の生まれたばかりの姿を、わたしは知らない。

「お肉を食べるからには、命を落とす行程も知るべきだ。」

だったら、その命が生まれる瞬間も知るべきではないのか…そんな葛藤が生まれていたときのことだ。

島根県 隠岐島の海士町(町がつくけど離島)に遊びに行ってきた。

隠岐島では、隠岐牛という和牛が有名で、海士町でもいたるところで牛が放牧されていた。

荷台に牧草を積んだ軽トラをヒッチハイクして、半ば強引に放牧地と牛舎に連れて行ってもらう。

わたしを拾ってくれたのは、もともとは酪農家になるのが夢だったという36歳の男性。

大阪から海士町に移住してきて8年、最初は二匹の母牛を買うことから始まった牛飼い生活だという。

角も小さく、まだまだあどけない顔をした牛たちは、牧草ロール(冬なので放牧地の牧草だけでは足りない)の薫りに誘われて、のしのしと山を登ってくる。

隠岐牛

隠岐牛が見れたと大喜びな私だったけど、実はどの牛も隠岐牛ではないことを知る。

私が見ていたのは、繁殖農家さんが飼育している和牛で、母牛と子牛のみ。母牛は一年に一頭ペースで出産し、子牛は一歳になる前に競りに出される。

繁殖農家さんの仕事は、母牛が一年サイクルで妊娠・出産する環境を整えることと、健康な内臓と骨格をもつ子牛を育てること。

そのためには、競りに出す子牛だけでなく、母牛の健康状態をキープし続けることが大切で、自然の中でのびのびとさせつつ、個体に合わせた種付けも行わなければならない。

繁殖農家さんの牛は、各地の肥育農家さんに競り落されて、そこから育てられた(太らされた)のちに、生きたまま出荷される。

屠殺されるのは出荷先であることがほとんどで、肥育農家さんも屠殺に関わることはほとんどない。

一匹の牛が、生まれて、育って、肉になるまでを、区切って、役割分担する。

生産者は、その子がいつか肉になり、食べられることをわかっていながら、ひとつひとつの命と向き合わなければならない。

わたしが話したどの牧場経営者も、自分が育てた動物を屠殺場へ送り出すときは、どうしようもない罪悪感に襲われ、涙が出るという。

決して長くはない生涯だからこそ、自分の牧場にいる間は少しでも幸せでいてほしいと、毎日神棚に手を合わせるのだと話してくれたのは、埼玉のダチョウ牧場長さんだった。

なぜ分担するのか。

そこには、命を区切らなければ乗り越えられない葛藤があるからかもしれない。

私たちが、生産工程を知らずにお肉を食べられるのは、「区切る」という配慮があるからだ。

その配慮を、大切にしていくことも、食肉文化を繋ぐためには必要だと思う。

知らないことは時に罪だけど、すべてを知れる気になるのもまた、人間のエゴにすぎないのだから。

  1. 2014/03/11(火) 21:23:31|
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友人が、可愛がっていた烏骨鶏を食べた。


先日、わたしの友人が、飼っていた烏骨鶏を絞めて、食べたと聞いた。

ただ育てていた烏骨鶏ではない。

名前をつけて、部屋の中で肩や頭に乗せて、一緒に新聞を読んだり、毎日のように写真や動画を撮って、可愛がっていた烏骨鶏だ。

わたしはショックを受けた。

狩猟をしていると、野生動物への様々な感情と出会う。

猟師さんたちは、自分が生きてきた山で生きている動物たちを、戦友のように扱うことがある。

動物たちに畑を荒らされる農家さんや駆除目的で猟をする人たちは、憎さや怒りをエネルギーにして、動物たちと闘っている。

それぞれが、生きてきた環境の中で、自然と湧き出た感情だろう。

その一方で、私は、どうだろう。

動物たちの可愛さにドキドキしたり、神聖さに息が苦しくなることもあれば、時に恐ろしくてたまらなくなることもある。

死ぬことに怯えた動物の凶暴さは時に残酷で、可愛さとは程遠い。

私には、直接的な被害も、共に生かされ生かしてきた感覚もなく、ただぼんやりと自然や動物への畏怖の念があるだけだ。

死んだばかりの動物は、体温や身体の柔軟性を保ったまま、だらんとした意志のないカタマリになる。

お腹の中には、まだ血を含んだ温かい心臓があって、胃の中には細かくなったドングリや葉っぱがある。

数時間後には排出されるはずだった消化物も、長くて太い腸をパンパンにしている。

でも、もうなにひとつ機能していない。

解体していくと、動物たちが生きてきた時間を少しだけ共有することができる。

先日獲れたイノシシは片目が白濁していて、失明しているみたいだったし、横腹には大きな傷の痕があった。

昨年末に獲れた鹿には、肋骨に不自然に太く変形した部分があって、猟師さん曰く、骨折した痕らしかった。

そんな厳しい自然の中で生き延びてきた動物たちが、致命傷を負う瞬間の呆気なさを目の当たりにすると、自分という生き物の無力さを痛感せずにはいられない。

無力な動物たちは、生きるパワーと生かされるパワーの狭間にのみ、存在していけるのかもしれない。

友人の烏骨鶏は、生きていたのだろうか。生かされていたのだろうか。それとも、生かしていたのだろうか。

  1. 2014/02/21(金) 19:12:35|
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母は、私が狩猟を始めることに反対だった。


母は、私が狩猟を始めることに反対だった。

「スーパーに行けば肉が買えるのに、どうして生きているものをわざわざ殺す必要があるの?可哀想じゃないの?」と言った。

さらに、「お肉には、部落差別とか根深い問題がいっぱいあって、いろんな思想や信仰のひとがいる。あなたが考える以上に複雑でデリケートな世界なのよ。」と、説得した。


たしかにそうだ。わざわざこんなこと、しなくていいし見なくてもいい。経験して自慢できることでもないし、公言するべきことでも本来ない。

実際、私が信頼する猟師さんたちは、銃や血は、決して他人に見せびらかすものではないことを教えてくれた。

スーパーに並んでいるお肉や、大量に廃棄される食品をスルーして、わざわざ新たに動物の命を奪うという行為には、「ナチュラルライフ」とか「命をいただく」とか、そんな理屈を並べたくらいじゃ収まらない、もっと深刻な感情が伴う。


私は以前、一日三度の食事を、すべてコンビニで済ませていた。

そんな食生活をしない自信があったし、学生時代はコンビニ食を好む人を愚かだと思っていた。だけど、実際に会社員として劣悪な環境で働いてみると、コンビニ食に頼らずには生きていけない毎日だった。

お腹は減っているのに食べたいものがない。だけど商品のパッケージを眺めているうちに全部が食べたいものに思える。悩めば悩むほどなんでもいい気がして、いろいろ買い込んだのに、食べてみるとどれも買ってまで食べるものではなかったよう気がする。

結局よくわからないものをたくさん食べて、飽きたところで残りは捨てる。そんなことを繰り返す毎日だった。


私は、忙しさや疲れに勝てない人間だった。

「消費こそが生産者への清き(悪しき)一票」 そう、信じていたのに、その信念を貫けなかった。

だからこそ今の私には、「消費する」ことよりもむしろ、「消費しない」ことに意味があるように思える。

だけど、食肉そのものをひとくくりに否定するのは違う。

清き一票を投じたい生産者が見出せない、または支持したい商品がとても高価で手の届かないものだったとき、消費そのものを諦めなければならないなんて、私はいやだ。

お肉は美味しいし、食肉は人間が紡いできた大切な文化だ。狩猟もその中の大切な文化で、大量生産されたお肉を消費せずに、お肉を楽しむための手段であり、権利でもある。

きっと、最近の解体ワークショップやそれに付随するパフォーマンスのような発信の仕方も、その「権利」を伝えたいんだろう。
でも、現場を見ることは「義務」ではないはず。


このあいだ、狩猟から帰ると、母が、「おつかれさま。今日はなんか獲れた?」と言ってくれた。

今までは嫌がって、食べてくれなかった狩猟肉も、猪のトマト煮込みを作ると「優しい味がするんだね。」と、食べてくれた。


身近なところから、伝わりそうなことから。

  1. 2014/02/12(水) 14:21:54|
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